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第2話 作家のクセを読め!①

last update 公開日: 2026-07-23 14:59:41

 ―――現代 日本―――

 翌朝、由奈は昨夜の小説のことが頭から離れなかった。

「ママ、水筒忘れてる」

「あ、ごめん要」

「ママ、体操着どこー? みつからないよー!」

「待って、明日香! ここにあるから!」

 慌てて息子の水筒をカバンに入れる。

 下の娘にも体操着の入った手提げ袋を持たせる。

 だが由奈の脳内は完全に『異世界モード』だった。

 夫の態度に似た王様。

 あの高圧的な王様がどうなるか。

 昨夜スマホの向こう側で起きたことが、本当だったのか。

 それとも疲れによる目の錯覚だったのか。

 その問いが由奈の頭の中をぐるぐる回っている。

「いってきまーす」

 元気に飛び出していく子どもたちを見送りながら、由奈は思う。

(……一番変わってほしいのは、無言で出ていく夫よ)

 「いってらっしゃい」と声をかけても、晃は顔を上げずに靴を履き、そのまま玄関を閉めた。

 これといった返事もなく、挨拶もそっけない。

 いつものことだ、と言い聞かせても、寂しさは消えない。

 静かになったリビングで、ふう、と溜息をつく。

 洗濯機を回し、朝食の食器を片付ける。

 その手つきは機械的だ。

「……ほんと、うちの旦那と王様って似てるよね……」

 由奈は苦笑した。

 どちらも不器用で、言葉が足りなくて、相手を傷つけていることに気づいていない。

 その違いは、王様には側近たちがいるということだけ。

 晃の場合は、指摘する相手が由奈だけなのだ。

 だからこそ、あの王様への苛立ちがひとしおなのだろう。

 自分の家庭の映し鏡を見ているような、そんな気がしてならない。

 家事を片付けながら、由奈は昨日の作品について考え込んでいた。

 洗濯機を回しながら、頭の中では作家分析が始まっている。

『聖剣の継承者と地獄の門』

『魔導学院の落ちこぼれが大魔法使いになりました』

『竜騎士と天使の誓い』

 どれも面白かったが、共通するパターンがある。

 由奈は、その作者の癖を知っていた。

 何度も読み返した痕跡が、脳裏に刻まれている。

「そうそう! この作者さん、いつも序盤で主人公が致命的なミスをするのよね」

 由奈は洗濯物を干しながら呟いた。

 ハンガーに服をかけながら、脳内では過去作のシーンが次々と蘇る。

「で、第3話あたりで必ず恋愛関係の修羅場が来る。主人公が複数のヒロインに同時に好意を寄せられて、全員を傷つけるような発言をして――」

 そこまで考えて、由奈は手を止めた。

 洗濯ばさみを持ったまま、固まる。

「まさか……今回も?」

 慌ててスマートフォンを取り出し、『アルカディア王国戦記』の作品ページを開く。

 嫌な予感がして指が震える。

 作品情報をスクロールして、キャラクター紹介の欄を見た瞬間、目が釘付けになった。

「やっぱり! キャラクター紹介に后候補3人いる!」

 リディア・フォル・ノルトハウゼン(北国の氷の公女)

 セレス・アルティナ(神殿の聖女)

 カリナ・ヴァルニール(貴族出身の女騎士)

「これは……絶対やらかすパターンじゃない!」

 由奈は確信した。

 この作者の癖を知っている。

 主人公は間違いなく、3人全員に致命的な失言をして修羅場を作る。

 それも悪気なく、本人は気づかないまま、地雷を踏み抜く。

 だが――由奈の脳裏に、昨夜の不思議な体験がよみがえった。

 画面が点滅して、王の発言が変わった瞬間。

「自分の声が届いた?」としか思えないあの一件が頭から離れない。

 あれは、夢じゃなかった。

 確かに、画面が変わり、王の言葉が変化した。

 それは由奈の指摘を受けてのことだったように見えた。

「いやいや、まさかね……」

 由奈は手を止めて、天井を見つめた。

 理屈では考えられない。

 だが、感覚では確信している。あれは本当だった。

(もし、本当に声が届くのなら……)

 由奈は決意した。

 戦う場所はスマホの向こう、そして自分の脳内。

 相手は、不器用すぎる王様。

 自分の武器は、主婦の人生経験と、大量に読んできた小説の知識。

 そして――もう一つ。

 昨夜、王の言葉が変わったという、この不思議な繋がり。

「よし……やってやる!」

 由奈は一つ頷き、拳を握った。

 洗濯物は取り込まずにそのままになった。

 家事の手は止まったまま、頭の中では既に作戦会議が始まっている。

 この后候補イベントをうまくやらないと、本当にヤバい。

 王様は間違いなく三人の女性を傷つけるだろう。

 それは小説としての快感ではなく、もはや他人事ではない予感がしていた。

 なぜだろう。

 これまで何度もこの作家の修羅場を楽しんできたのに、今回は違う。

 あの王様の顔が、晃の顔に重なって見える。

 第2話の更新を待った。

 午後3時、更新通知が来た。

 スマホが震える。

 由奈はゴクリと唾を呑んだ。

『第2話 謎の声の正体』

 急いで読み始めた。

 指が震え、心臓が早鐘を打つ。

 画面をスクロールする手が、止まらない。

 どんなことが待ち構えているのだろうか。

 そして、昨夜の「奇跡」は本当だったのか――

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